『アイユ』連載「感染症の歴史における差別」 第7回
妊娠初期に細菌やウイルスに感染すると胎児を流産・死産したり、出生児に生涯にわたって障害が残る場合がある。これら先天性障害をおこす病原体をまとめてTORCH感染関連因子と総称している。風しんウイルス感染による障害の場合、先天性風しん症候群(CRS)と呼ばれ、妊娠中の感染時期と障害との関係、各障害の出現率など詳しく解析されている。主な症状に眼の白内障、耳の高度難聴、心臓の障害がある。この3症状以外にも成長が遅れる、精神的発達が遅れるなどがある。中でも難聴の出現率が1番高い。医学の進歩で、白内障・心臓疾患は乳幼児期の手術で治療でき、また難聴も人工内耳の開発で改良できるようになってきた。しかし、最良の予防は風しんにかからない事である。1969年から風しん生ワクチンが開発されて今ではMR(麻しん・風しん混合)ワクチンとして使用されている。
難しいのは、風しんは臨床症状が軽く全く症状が出ない事さえあり、妊娠中の感染に気付かず生まれてからCRSと判定されることがある。そのため、ワクチンが普及する前には産婦人科医や両親が、感染の可能性があると万一を恐れて人工流産を行ってしまうケースが後を絶たなかった。人工流産が実際のCRS出生数の約60倍もあるというのが、風しん流行期の人工流産数を基にした筆者の試算である。ここには障害児への偏見・差別が背景にある。筆者はこの過剰な人工流産を無くしたいと、妊娠中の胎児からの風しんウイルス遺伝子を検出する事による胎児感染診断法を開発・応用して非感染胎児の出生に繋げた。
以前は、風しんは2度かかりなし病で免疫が一生涯続くと思われてきた。しかし、ワクチンの普及で流行が無くなると、2度目それもほとんどが不顕性である感染*1が起こり得ることが分かってきて、明確な診断に苦労することになった。この問題を解決するには男女を問わず全ての年齢層がワクチンによって免疫を獲得して流行を無くす以外に完全な予防方法はない。
CRSの児を出産した母親や家族は障害児を抱える以上に世間からの「親が怠慢でワクチンを受けなかったからだ」などという非難に苦しんだ。2度目の不顕性感染で出産直後に死亡したCRS児の母親など生涯後悔しているが、2度とこのような母親の苦しみを起こさせてはいけないと、患者やその親が「風疹をなくそうの会 hand in hand」*2というグループを作り、学会でのPRや厚生労働省への請願活動、ワクチンパレードなどの活動をしている。
*1) 症状が出ないにもかかわらず、細菌やウイルスに感染している状態のこと。
*2)風疹をなくそうの会 hand in hand https://stopfuushin.jimdofree.com/
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加藤 茂孝(かとう しげたか) 国立感染症研究所室長、米国CDC(疾病対策センター)招聘研究員、理化学研究所新興・再興感染症研究ネットワーク推進センターチームリーダー、WHO非常勤諮問委員、日本ワクチン学会理事などを歴任。現在、保健科学研究所学術顧問。
専門はウイルス学、特に、風しんウイルス及び麻しん・風しんワクチンの研究。胎児風しん感染のウイルス遺伝子診断法を開発して400例余りを検査し、非感染胎児の出生につなげた。
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