『アイユ』連載「感染症の歴史における差別」 第2回

 

 

 COVID-19(新型コロナウイルス感染症)は全世界ほぼ同時のパンデミックであったが、最も21世紀的な特徴は、世界同時不安を起こした事である。この背景には、情報発信システムの急速な普及があった。TV、インターネット、SNSで世界が同時に同じ光景・ニュースを見たというパンデミックは、感染症史上初めての事であった。

 最初の人権侵害は、院内で新型コロナが診断されたことに気付いて情報発信した武漢中央病院の医師8人に対する警察当局からの緘黙(かんもく)要請であった。彼らは自分自身の防護、患者への通知、未感染患者への注意など全て封じられた。そのおかげでコロナが急速に武漢で拡大し、8人の医師の1人は感染死した。

 都市封鎖によって人影の絶えた武漢・ベニス・ロンドン・ニューヨークの光景、またその都市における医療逼迫の映像は、まだ流行がほとんどない地域にも大きな不安感をもたらした。発生起源の中国は非難され、それ以外の東アジア系の人々であっても中国人との人種区別が極めて難しいこともあり、自国以外の地で突然罵声を浴びせられたり、ひどい場合には殴りつけられたりした。未知の感染症の恐怖に由来する憎悪が、発生地の人々に向けられた例である。

 日本では首都圏、関西圏など都市部で早く始まり、人口の少ない地方では、感染者の発生が遅かった。福島県のある市長から直接聞いたが、その市におけるの感染者第1号の家の窓ガラスは全て割られていたということであった。住民が投石で割ったという。それほどの恐怖を「コロナ」という言葉が与えていた。感染者は被害者であり、治療や経済的問題でただでさえ大変なのに、それに勝る社会的被害を受けることになった。  感染者以外に感染者を治療した医療従事者への攻撃、更には医療従事者への家族に対する攻撃も起きた。自分の子を保育園に預けるのを断られる事さえ起きた。

 公共交通機関の中でマスクをしていない人を殴ったり、けんかが起きたり、逆に注意した人が刺されるという事件さえ起きた。

 この不安・恐怖を抑えたり、減らしたりするのが、公的情報発信の役割であるが、どの国も程度の差こそあるものの恐怖の抑制には成功していない。この正確な情報発信システムこそ、平時から準備しておかなければいけない事であったが、マスメディアの報道は、結果的に不安・恐怖を高める働きを果たした。リスク情報の冷静で正確な発信は常に最重要課題である。

 

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加藤 茂孝(かとう しげたか) 国立感染症研究所室長、米国CDC(疾病対策センター)招聘研究員、理化学研究所新興・再興感染症研究ネットワーク推進センターチームリーダー、WHO非常勤諮問委員、日本ワクチン学会理事などを歴任。現在、保健科学研究所学術顧問。
専門はウイルス学、特に、風しんウイルス及び麻しん・風しんワクチンの研究。胎児風しん感染のウイルス遺伝子診断法を開発して400例余りを検査し、非感染胎児の出生につなげた。
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